俺は、しがないサラリーマンだ。
毎日同じ電車に揺られ、同じデスクに向かい、
流れるように仕事だけが積み重なっていく。
「はぁ……また今日も終電か。」
そんな独り言を何度ついたか覚えていない。
家に着いた頃には、思考する力も残っていなかった。
服も脱がずにベッドへ倒れ込み、
息を吐いた瞬間、まぶたが重く落ちていく。
そのとき──
胸の奥で、ふっと何かが切れる音がした気がした。
仕事も、疲れも、焦りも、
全部から逃げるように深い眠りへ沈んだ。
……はずだった。
*
気がつくと、俺は知らない場所に立っていた。
紫の霧が地面を這い、靄の中で月明かりが揺れる。
風は冷たいのに、どこか甘い香りが混じっている。
見上げれば、黒い影のようにそびえる巨大な城。
現実のどこにも存在しない、古く、荘厳で、
不気味なほど静かな塔が空へと伸びていた。
俺は思わず呟く。
「……夢、なのか?」
肌を撫でた風も、靴底から伝わる石畳の感触も、
どう考えても夢にしては生々しすぎる。
それでも状況を飲み込む前に──
ギィ……と、
重厚な扉が勝手に開き始めた。
闇の中から、暖かな光がこちらへ漏れ出す。
まるで“誰かが俺を待っていた”かのように。
足が勝手にその中へと進んでいく。
引き寄せられるように、抗いがたい何かに触れられたように。
──その先で、俺は彼女たちと出会う。
紅の女王。
氷の魔女。
母性を宿す女神。
そして、無邪気な悪魔の少女。
現実とは別の世界。
夢と現実の狭間にある、“融けるように甘い夜の城”。
ここでの出会いが、
俺の運命を変えることになるとは──
そのときの俺は、まだ知らなかった。
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